

人生には、さまざまな出逢いがある。楠田枝里子+ピナ・バウシュという、このうえなく贅沢で、特別な出逢いのハーモニーは、二人にとって素晴らしい人生の宝物であると同時に、私たち読者への、美しく、そして幸福に満たされた贈り物であろう。十月二十日、楠田枝里子著「ピナ・バウシュ中毒」(河出書房新社)が発売された。
楠田さんは語る。「今回、私はほんとうに幸せな気持ちで書いたのです。読者のみなさんに、そんな気持ちが伝われば嬉しい!」
楠田さんは、テレビの人気司会者として、また多数のベストセラー本のエッセイストとして、常に第一線で活躍中だ。知性溢れる、美しい眼差しが印象的。エレガントな雰囲気に包まれた佇まいは、はっとする強い輝きを放っている。
テレビでお馴染みの、清涼感あるソフトボイスで、楽しいお話が次々と飛び出し、あっという間に「エリコ・ワールド」に惹きこまれてしまう。お茶の間で、ずっと愛されて続けているのも頷ける。華やかな世界に身を置きながら、決して言動に虚飾がない。高い好感度を維持している秘訣は、そんなピュアなところにあるのかもしれない。
楠田さんは、芸術や文化に精通していることでも、広く知られている。特に、ドイツをこよなく愛し、ドイツ文化に造詣が深いことは有名だ。だから、ドイツが生んだ天才舞踏家&振付家である、ピナ・バウシュとの出会は、きっと必然だったに違いない。
1989年以来、「ずっとピナと彼女の作品を追い続けている」という楠田さんの瞳は、ピナと公私に渡って親交しているにも関わらず、スターに憧れるファンのようにきらきらとしている。ピナ・バウシュにときめいているのだ。
「私は、ピナの追っかけです。熱烈なファンなんです! 三年ほど前、ピナに関する本のお話をいただいた時、私自身あまりにもピナに対する思い入れが強いし、きっとピナだって書かれたくないはずと思って、躊躇していました。ピナとその作品を愛しすぎていて、到底1冊の本にすることなどできないと。でも、ピナが私の背中を押してくれて。私は、彼女の気持ちがとても嬉しくて、ピナやダンサーたちのために書こうと、お引き受けしたんですが、書き進めるうちに、多くの読者のみなさんにも読んでいただきたいと願うようになりました。ピナのほんとうにすばらしい世界を、みなさんに知って欲しいから。ぜひピナの舞台を観て、感じて、そして心を開いていただきたいと思います!」こうして誕生したのが、「ピナ・バウシュ中毒」なのである。
「ピナは、たくさんのエピソードやダンス・シーンをコラージュして、ひとつの作品にする創作方法をとっているんですね。それで私も倣って、ピナやダンサーたちとの思い出の断片を、本の中に散りばめてみました。ピナ自ら踊るカフェ・ミュラー、舞台がカーネーションでいっぱいになるネルケンから始まり、彼女の舞踏団”タンツテアーター・ヴッパータール”の本拠地でのこと、さらにパリでの出来事、そして、彼女の芸術監督就任二十五周年記念フェスティバルに触れて、イタリア・タオルミーナでの、私もゲスト・スピーカーとして出席した、ヨーロッパ演劇賞の受賞セレモニーのこと。ピナへのインタビューに続いて、水を使った代表作のひとつ、アーリエンについてなど。最後は、私たちの東京での楽しい思い出です。」楠田さんは、嬉しそうに、夢見るような眼差しで語った。
例えば第六章の、ピナ・バウシュへのインタビュー。以前私も取材をしたが、大変難しかった。ピナは長い時間考え、結局最後に「わからないわ、ごめんなさい。」と申し訳なさそうに答えた。インタビューアー泣かせである。
「確かにそう言われていますね。ピナは、誠実ゆえに答えられないの。でも、以前日本で私にピナの公開トークの進行役の依頼があり、ピナからの指名だったので光栄ですし、たとえ話を引き出せなかったとしても、彼女のボディガードにならなれるかな、と思って受けました。その時誰もが驚いたんですが、ピナは信じられないほど積極的に語ってくれたんです!」
楠田さんには、ピナは心を開いたのである。珠玉のインタビューになったのは、二人の交流が心の底からのものであり、二人が揺るぎのない信頼関係と、深い友情で結ばれているからに他ならない。
「ほとんど毎年かかさず、五月から六月にパリへ旅し、テアトル・ド・ラ・ヴィル(パリ市立劇場)でのピナの公演を見るのが習慣になってしまって。」と、楠田さんははにかむように微笑む。
「通常、前年の新作が上演されるのですが、その頃になるとわくわくして、仕事もなかなか手につかなくて。公演の後、深夜にピナやダンサーたちと出かけるのも、私のパリでの楽しみのひとつなんです。」
少女のようなあどけなさで、楠田さんはピナへの思いを語る。その思いは、本のどのページからも感じられる。彼女は第一章で、ピナを「聖女のようだ」と表現するが、私には楠田さんもまた聖女のように見える。これほどまでに、ピナ・バウシュを追い続ける彼女の心身には、ピナへの無償の愛情がいっぱい詰まっているのだ。世界中探しても、恐らく彼女ほどの思いでピナと接する人はいないだろう。
そして彼女と対峙し、心を受け止めるピナ。第四章「終わりのない夜」の記述、1998年ヴッパータールでの、ピナ・バウシュ芸術監督就任25周年記念フェスティバルでの出来事は、とても印象的。なぜなら、私自身が目撃したからだ。
この記念祭では、ピナの代表作品8点の公演の他、世界中の著名な彼女の友人であるアーティストがお祝いに駆けつけ、パフォーマンスを披露したが、あるステージの時、観客席から観ていた私は、舞台近くの片隅で、楠田さんが感激のあまり涙を流しているのに気がついた。彼女は涙を拭うことなく、舞台を見つめている。すると、ピナが近づいてきて、そっと楠田さんの肩に触れた。二人に、スポットライトが当たったような、映画のような瞬間。見つめ合う無言の二人。こうした聖女たちの、類い稀なるコラボレーションによって生まれた本。
「ピナ・バウシュ中毒」は、今までにない、楠田枝里子だからこそ、ピナ・バウシュだからこそ表現できる美しい世界なのだ。二人の世界は、まるで宇宙のように無限に広がっている。
楠田さんは、本の中でどうピナを表現しているのか? それは、ぜひ本を読んでいただきたい。
「本が完成して、とっても嬉しいです。でも、なんだか、複雑な気持ちも。万歳なんだけど、ちょっと寂しい思いもあって・・・。美しい長い旅が終わったみたいにね。編集者に原稿を渡してからも、しばらくは帰宅すると、すぐにコンピューターの電源を入れて、原稿に手を入れたりしていたんですよ! 変でしょう? なんでしょうねえ?」楠田さんは、恥ずかしそうに笑った。
「創造」を軸に交感する二人の心が、一冊の本になった。「こんな不思議な気分になったのは、初めてかなあ。他の本とは、全然違うんですよね。」ほんとうは、いつまでも「美しい長い旅」を続けたかった、と言う楠田さん。私たち読者は、本を通して二人の旅に同行し、共に美を堪能し、励まされ、多くのエネルギーを得るに違いない。
二人の「美しい長い旅」は、書物というかたち以外でも、これからも様々なシーンで、ずっとずっと永遠に続くだろう。
●楠田枝里子・プロフィール:
司会者、エッセイスト。日本テレビ「おしゃれ」の司会などで注目を集める。フリーとなり、フジテレビ「なるほど・ザ・ワールド」でブレイクしたことは有名。以来、人気司会者として活躍中。同時に科学エッセイ、絵本などの著作活動も続け、30冊以上を発表している。また、南米ペルーの遺跡「ナスカの地上絵」研究の第一人者であるドイツ人、マリア・ライヘを支援する「マリア・ライヘ基金」を設立。彼女の死後も、ペルーへの援助を続け、文化活動に積極的に取り組んでいる。
www.erikokusuta.com/
●ピナ・バウシュ・プロフィール:
ゾーリンゲン生まれ。ダンスを学び、特待生としてNY・ジュリアード音楽院に留学。帰国後、1968年より、振り付け作品を発表。1969年、フォルクヴァング・バレエの芸術監督に、1973年より、現在の「タンツテアーター・ヴッパータール」の芸術監督になる。世界各国の受賞歴多数。他に、フランス「レジオン・ドヌール」勲章なども多数授与。2003年の来日公演の他、2004年には、日本をテーマにした作品を、日本でプレミア公演の予定。
www.pina-bausch.de/



(本帯 紹介文)
北野 武
ピナ・バウシュの舞台には感動したが、それ以上に、わかりやすく解説してくれた楠田さんのアートに対する分析力は、すごいもんです。
浅田 彰
これは批評ではない。ピナ・バウシュだけが書かせることのできる、そして楠田枝里子だけが書くことのできる、限りない愛の手紙だ。
●楠田枝里子さんの「ピナ・バウシュ中毒」
取材・構成 青木淑子
●幸せな出逢い -楠田枝里子とピナ・バウシュの美しい旅- 文・青木淑子
写真左 ピナ・バウシュさん 右 楠田枝里子さん
※上記はドイツ・ニュース・ダイジェストさんのご厚意で、転載させていただきます。